中部日本以東に多く見られた
鎭絵ないし漆喰彫刻は中部日本以東に多く見られ、少なくとも関西にはそのような伝統はない。
関西地区では、例えば土蔵扉の内側にはせいぜい家紋を浮き出させる程度で、ここに豪華な竜の彫刻などを付けた例はない。
ところが江戸末の土蔵の多く残る高山(岐阜)や、明治26年の大火後の建築ではあるが江戸期の町並を踏襲したといわれる前引の川越(埼玉)の土蔵造等では、関西とは比べものにならない派手な装いを凝らしています。
このような東日本と西日本の相違はやはり左官的風土の相違に基づくものでしょう。