気になる企業はこれだ~その7
満州産業開発5力年計画が立案され、その実行機関として新興財閥日産の全資本を満州に移駐させて満州重工業開発株式会社(満業)を作り、満鉄からほとんどの付属事業をとりあげてこの満業に譲り渡す、という措置がとられました。
日華事変期の対満投資のパイプは満鉄の他に満業が大きく浮かびあがり、満州国政府ルートや朝鮮銀行在満支店を中心に作られた満州興業銀行ルートがそれを補完した。
満業の鮎川義介は当初米国資本の導入を企図していたが失敗に終わり、結局資金はもっぱら日本市場に依存し、13年社債引受シ団を結成するとともに、順次内地日産系会社の持ち株開放を行って資金を調達しました。