気になる企業はこれだ~その6
他方、満州国国債も昭和7年の建国公債や9年以降の北満鉄道買収公債など興銀を中心とするシンジケート団の引き受けで発行され、巨額の満鉄社債も含めて対満公社債の85%が興銀を通じて投下されました。
浮かび上がる満業これらの投資が直ちに満州の生産力を上昇させて日本に物資を供給しうるわけではなく、相当長期間にわたって満州に固定化されるのは当然だった。
したがって日本の資本市場が逼迫し、国際収支も悪化してきた昭和9~10年ごろからは、前述のように対満投資の増大が日本にとって相当の負担となり、日満を通ずる生産力の拡充と、関東軍の意のままにならず11年には全く起債難に陥って資金調達力も失った満鉄のあり方の再検討が問題となりました。