幽玄その2
「妙」については世阿弥もその出現の原理や内容を完全に説明しきれていなくて、「形無き姿」「無心」といった比喩によって説明を試し、またこの美的性質は子方の演技にても稀に感得されることがあると指摘しています。
梅若は「妙」と「幽玄」を比較し、「妙」はそれが現れた時には演技者と観客のいずれにも作用するものであるのに対して、「幽玄」はあくまでも演技者が観客に対して意図的に表現しようとする美的性質に留まるとしています。とても興味深い内容ですね。お勉強になります。
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「妙」については世阿弥もその出現の原理や内容を完全に説明しきれていなくて、「形無き姿」「無心」といった比喩によって説明を試し、またこの美的性質は子方の演技にても稀に感得されることがあると指摘しています。
梅若は「妙」と「幽玄」を比較し、「妙」はそれが現れた時には演技者と観客のいずれにも作用するものであるのに対して、「幽玄」はあくまでも演技者が観客に対して意図的に表現しようとする美的性質に留まるとしています。とても興味深い内容ですね。お勉強になります。